個展「未知への追憶」/放送内容要約

<JFNラジオ「FUTURES 落合陽一RADIO PIXIE DUST」> 今回は、現在開催中の個展「未知への追憶 ―イメージと物質||計算機と自然||質量への憧憬―」についてお話します。

放送内容

先日から個展が始まった。

展覧会の内容は?――4年間を俯瞰し未知を追憶する

3年分の個展のタイトルをまとめている。2017年「イメージと物質」、2018年「計算機と自然」、2019年「質量への憧憬」。渋谷MODI2階全部(約660平米)を使う、過去最大規模の個展。半分は回顧展、半分は新しいものを発見しようという内容。YouTube「落合陽一録」のシーズンタイトルでもある「未知への追憶」。未知への追憶している中で考えたことを展覧会に落とし込んでいく

展示内容としては、入り口に「アリスの時間――looking glass “time”」という照明とレンズが並んだ作品、プラチナプリント、計算機丸窓、「Colloidal Display」など、代表作を揃えた。前からある作品は修理しながら展示するものも。いつもの展覧会では寿司詰めのように「密」に展示するが、ウィズコロナなので贅沢に空間を使い「疎」を意識。ところどころベンチがあるのでゆっくり鑑賞してほしい。

タイトルからも分かる通り、2017年から2020年を俯瞰する内容。メインタイトルが「未知への追憶――Reminiscence of the Unknown」。「知らないものをどうやって追憶すればいいのか?」という禅問答のようなタイトルだ。追憶すれば未知が見つかる。未だ知らぬものを振り返って想いを馳せるし、振り返れば未だ知らぬものが追憶可能になる――その間にあるものを探してみる、みたいなこと。過去の作品をプラチナプリントで刷り直してみたり、キャプションを考えてみたり、昔メディアアートで作っていたものを白黒で刷り直してみたりしながら、色々なものを探し集めた。

いつもそうだが、タイトルは「降ってくる」「湧いてくる」「捻り出す」。「未知への追憶」は、メモ帳2枚目ぐらいでわりかしすぐ出てきた。変な日本語が好きなので――質量への憧憬、情念との反芻、燐光する霊性――最近「(漢字)+○○+(漢字)」が自分の中で流行っている。

2019年頃に僕は「質量への憧憬」をすごく感じていた。「毎日デジタルデータに囲まれていると、ピクセルから出る質量への憧憬があるんだよ」と言っても、当時は誰にも理解されなかった。でも、コロナ禍でテレカン時代になり、皆さんにも伝わったと思う。データばかり触っているとフィジカルなものの質感に飢えてしまう、あの感じ。「質量への憧憬展をもう1回やればいいのに」とも言われたが「みんなが気付いちゃったからもういいかな」と。それを俯瞰する展覧会をやりたいと思った。

サブタイトルと今回の展覧会はどう関係している?――エッセンスが結びついてひとつの大きな展覧会に

サブタイトルに入っているものは、断続的に個展を開催しているものでエッセンスがある。「イメージと物質」は元々研究でやっていて、かつ、アートでも興味がある。「イメージと物質の差とは?」「物質のようになるイメージとは何だろう?」逆に「イメージになってしまう物質とは何だろう?」「触れるイメージがあったらどうするんだろう?物が動いたり浮いたりするんじゃないか?」「頭の中で再生されるイメージや出てくるイメージとは一体何?」そういったことをずっと考えている中で出てきたタイトル。

そのあと2015年に、計算機と自然、「デジタルネイチャー」研究室を作った。「映像と物質」の話をしていたのは、2014年~2016年頃のこと。2017年初に「イメージと物質」をテーマに個展をした。その後、計算機と自然・デジタルネイチャーの研究が溜まってきて、3年ぐらいやった。計算機と自然をやり過ぎて頭がデジタルネイチャーに行き過ぎたので、2019年は計算機自然になるまえの視点を取り戻す「質量への憧憬 〜前計算機自然のパースペクティブ〜」というテーマでやった。そのあと写真展が続いた。イメージセンサーと光の関係をずっと考えていた。直す、戻す、復元する、またループに入る――「情念との反芻」という展覧会があった。個人的には、ステートメントが一番良くできた展覧会だった。そのあと、「燐光する霊性」。これはヨウジヤマモトの店でやるということが最初から決まっていたから、布とか光とは何だろうと考えた時にアートとしての燐光する霊性のやつを持ってくることにした。

今回は、「燐光する霊性」の作品をブラウン管に持って来たり、「質量への憧憬」は絵画が多いのでそれを持って来たりそれをプラチナプリントで刷り直したり、「計算機自然」の時にやってた作品を持って来たり直して使ったりする作品も結構ある。

なので、サブタイトル的には並んでいるが、それが一個に結びついてひとつの大きな展覧会になっている状態。

会場の構成は?

「イメージと物質」から入って――去年は「メディアアートの不可能性」とずっと闘っていた。そんな話をしながら写真作品を見て、「情念との反芻」「燐光する霊性」「質量への憧憬」をテーマに見た後、風景って何かって考えて、その中で収集家の目線でメディア装置を眺めるようなイメージを作った後、モニュメントに行って、イメージ・物質・映像が分からなくなってきて、それが変換されるループの中で「身体ってどういう意味なんだろう?」というところを考えることをテーマにしてやっていく。構成としてはそんな感じ。暗いところから始まって明るいところへ行って、明るいところから暗いところへ戻って、最後わけの分からないところへ入って、出てくる。

特に注目して鑑賞してほしい作品は?――2周ぐらいじっくり見てほしい

渋谷で使う、計算機丸窓。ジャイル(GYRE ※2018年、個展「落合陽一、山紫水明∽事事無碍∽計算機自然」開催)の時も、六本木ヒルズ(※2019年「Media Ambition Tokyo 2019」開催)でやった時も出てた作品が、改修して出ている。

「Colloidal Display」、それから新作も見てほしい。プラチナプリントは全部新作。2016年から作品を追っている人は新作以外は見たことがあるだろうが、レビトロープは畳の上に置いた、今回は変わった場所にあるなと。「モルフォシーナリー」もコンクリの壁にハマっていたりする。ロケーション由来で成立している。バービカンで展示した「materialization of wave」というシルバーフローツっぽい作品。計算機丸窓は2018年と2019年と2バリエーションあるが、2018年のを改造して作った。

一番最後まで行ったら一番最初に戻って2週ぐらいするとよく分かると思う。「メディアアートの不可能性」というテーマから始まる。「それってどういうことだ?」と考えるところあたりから面白いはず。じっくり見ようと思えばじっくり見れる。

他の作家とはそもそも全然違うことを文脈にしている。その「違う文脈」を掴み切れば、しっくり来ると思う。文脈を大抵掴み切れないんだよね。俺は俺で毎日がんばって作ってるんだけど、がんばって考えている内容そのものがそもそも大きく違うカルチャー・哲学に基づいているので。ただ、美術として見た時におもしろいと思う。だって、新しいアートが出てくる時ってそういうことで、メディアアートともちょっとだけ違うんだよね、やってることは。「単純に美しいもの・キレイなものが好き」という人が見れば普通に「キレイですね」と思うだろう。それ以上の物が僕の中にはある。文脈を語り切ると意味が変わってしまうことが結構あるので、それをあえて語らずにつくるみたいなことをテーマにしている。

3年のアーティストの活動を振り返って思うことは?――ここ5年ぐらいで30代の代表作をつくりたい

「自分で手を動かしてひとりで作る時と、何人かのチームで物を作る時は、頭の使い方が違う。」ということが分かってきた。2016、2017年頃は、全部一人で作るのがテーマでやっていた。今でもこういう個展は僕とひとりお手伝いがいるかいないかという規模。だが、音楽会の場合は、関わっている人数が何十人、未来館だと200人規模になるので、プロデューサー、ディレクター的立ち位置になり、良いか悪いか決める人になる。「良いか悪いか決める人」はメディアアートという方針では重要。だが、マテリアルやミディウム自体と対話しながら物を作るという考え方からすると、物そのものと喋らないといいものが出てこない。

3年間を振り返ると、そこにしかないもの、そこでしか見えなかったものを、意識的に見てるな、やってるなという感じがする。2025年の万博でプロデューサーをやる。その中で表現したいのは、新しい風景や自然観をどうやって作っていくかがテーマになっている。20歳ぐらいからメディアアーティストとして活動しているが、一本のストーリーではずっと繋がっている。やっている作品はすべて文脈的には俺の中では引き継がれている。

テクノロジーそのものよりは、「テクノロジーをメディウムとして見た場合とか、メディアやマテリアルとして見た場合に出てくる風景って何だろう?」というところが溶けて行って、最終的に自然に近づいてきてしまって、デジタルネイチャーって言っているだけの時はそこにある生態系やフィードバックグループとかアニミスティックな自然生成系みたいなものがジェネラティブなアートとは違うってことに気づいてなかった。だが、だんだんそこから出てくるものが独り歩きし始めた時に、萌芽のように生まれたり、ぐちゃぐちゃしてきたり、キレイじゃないと言われていたものがキレイに見えるようになったりとか、デジタルネイチャーの上でも一皮剥けてきたな、というのがある。そういった観点では、あと5年ぐらいで代表作を何個か作っていくのが次の仕事。研究的には「デジタルネイチャー、計算機自然、質量と物質、映像と人間」という俺の文脈があるのでずっとやるのだが、その中で30代の代表作を何個か作りたい。

未知への追憶

7/23(木・祝)~9/27(日)渋谷モディで開催された、2017年から2020年までの落合陽一氏のアーティスト活動を俯瞰した個展。