ギグエコノミー/放送内容要約

JFNラジオ「FUTURES 落合陽一RADIO PIXIE DUST」。今回はギグエコノミーについてお話しします。

放送内容

ギグエコノミーの「ギグ」とは、単発のライブ演奏の仕事を指す言葉。そこから転じて、インターネットの単発の仕事を受注する働き方や仕組みを指す。2016年の著書『これからの世界をつくる仲間たちへ』でもUberの届け方の話(※61頁:人でできたロボットタクシー「Uber」)を書いている。そこで働いている人をギグワーカーと呼ぶ。単発っぽい仕事をするフリーランスも含まれる。

完全自動化が実現するまで、身体性・頭脳労働どちらにもギグ的存在が必要

6/24のWEEKLY OCHIAI でも話したが、研究者は本質的にはギグエコノミーだ。講演に行く、雑誌の取材を受ける、テレビに出る、本を書くのもギグ的な仕事だ。僕はそこをメインにはしていないので、ギグ的な仕事は随分減った。日常でアウトプットし続けることは大切。例えば、ブログを書く、研究室のミーティングをする、授業をする、オンラインサロンで情報発信する等。これらはギグ的ではない仕事。ギグ的な仕事と長期的に継続する仕事のバランスの取り方によって、働き方や生き方が変わってくるだろう。

ギグエコノミーは、必然的な流れだ。未来の働き方の一つではある。コンピューターでは解けない、人でしか解けない問題を解くためにプールされている人材ではあり、そこをアシストするためのシステムも存在する。ギグエコノミーやRPA(ロボティクス・プロセス・オートメーション)は、完全自動化が実現するまであらゆるところに存在するだろう。あらゆるデジタルトランスフォーメーションには、人間の身体性の側にも頭脳労働の側にもギグ的な存在が必要。身体性の方が長期的に必要だろう。筋肉は滑らかで柔らかく、音がしない。人間より音が少なく動けるアクチュエータもなかなかない。

ギグエコノミーのメリット・デメリット

発注する側がクラウドソーシングする場合、現物確認しづらい、コミュニケーションが取りづらい等のデメリットが考えられる。だが、ギグワーカーに発注することに慣れている発注者にとっては大した問題ではない。どこまでやってくれるかを想定しやすく(例:ナレーションを取る、動画や写真を撮る)、クオリティに異常なこだわりがない人にとっては、安上がりで助かる仕組み。だが長期的にやる場合、デメリットが出てくるかもしれない。

ウィズコロナ・アフターコロナの中で、世界的にギグエコノミー自体はますます増えていくだろう。ギグワーカーは増えるが、収入はロングテールになる。副業・兼業を推進する中でギグエコノミー的な考え方は、トップ層にもソーシャルセキュリティ的にギグエコノミーが必要な人たちにもどちらにもメリットがある。ただ、不当に搾取されることが無いような構造設計(例:保険・社会保障・労災・労働組合・過労への懸念等)が必要。また、同じ仕事をしていてもスキルは上がらない。スキルや考え方をどう上げていくか考えないといけない。おそらくシステムで登録するようなやり方になるだろう。

不特定な人と関わって仕事をするのが不安な人もいるかもしれないが、新しいジャンルなのでメリット・デメリットどちらでもないと思う。契約で明文に定義されたジョブしかやらない人たちにとってはギグエコノミーはやりやすい。

リモートワークで生まれるニューエコノミーのスタイル

リモートワークが増えた。副業、ダイエット、小遣い稼ぎ、色々な目的のために働いている。「お金をもらう」ことだけが「働く」という概念ではない。「働く」が多様にあって良い。ギグワークしている人を採用したくてギグワークの窓口を作る組織もある。これはインターン的で面白い。

シェアリングエコノミー(物事の共有)とも近い考え方。労働力をプールして共有していると考えればシェアになるし、店舗リソースを共有していると考えるとレストランがシェアされているように感じるかもしれない。シェアは便利な言葉だが何も言っていないところもあり、その間の両方を指していると思う。

働き方と働き手の供給条件がこれだけ昔と変わったら、ニューエコノミーのスタイルが出てくるだろう。随分リモートでできることが増えたので、リモートかつフリーランスの仕事スタイルが結構変わってきた。それ以外の、業種が変われど存在する単発の仕事は、世の中にどれだけサステーナブルに残っていくのかは最近の疑問だ。例えば、タクシー。タクシーは本質的にはギグ。それがUberになってさらにギグになった。日本にはUberがないのでギグの印象がないかもしれないが、海外ではUberからギグが始まっている。タクシーこそがギグエコノミー。人が移動しなくなって乗客が減っている。そのタクシーの需要が減ればタクシーの就業者のライフスタイルが変わる、当然社会構造は変わる。新しいエコノミーが生まれざるを得ない。それを考えるのは大切なことだと思っているところではある。

11:25~ 日本社会の中のギグエコノミー

語ろうと思えば語れるが、あえて語る必要がないことが満ち溢れているのがギグエコノミーな気がする。先を見ても、ギグはギグ。つまり、単発の仕事としてやっていく利点もあれば欠点もある。利点と欠点についてどれだけ語っても、実際にギグがどう動くかについてはほぼ関係しない。なので語ることに意味がなさそうな世界観ではある。ギグの方向性――ギグを宣伝すればギグになる人は増えるので社会構造としてはいいかもしれないし、多様な働き方があってそこに労働供給することで社会として労働力が回ると言う意味では価値があるとも思う。

(※12:30~ 要約ではニュアンスが損なわれるため、話した通りに書き起こした)
労働のスタイルが変わってくるということだと思うんだけれど。労働のスタイルの変え方がどういうスタイルに変わっていくかということは、個人の自由にもよるのかな、人によって全然違う着地をしそうなんですけど。不特定多数に仕事を任せるセキュリティはどうなの、とかそういうことはいっぱいあるんだけど、それを最初に持ってきちゃうとすごく古典的な日本の問題点っていうか。それ、やりながら作った方が早いんだけど詰めてから始めたらどうすんの、でも後で揉めたらどうすんの、後で揉めたら揉めたでいいんじゃないのと思うんだけど。ただ、「後で揉めたらどうすんの問題」みたいなものを頭に持ってくるとやっぱ動かなくなっちゃうなあと思って。日本的か日本的じゃないかがすごくよく分かるんだけど。で、毎回揉めたくないから頭に持ってくる、みたいな。毎回揉めるか揉めないかも考え方次第だよなと思っていて。そういうようなね、慮ることに慣れた人はギグエコノミー向いてないでしょうね、そういう日本的な。ジョブディスクリプションで、これとこれとこれをこうしてくれということをやることに慣れた人は非常に向いてるだろうけど。でもそれが明文化されることがこの社会にとって得かと言われれば、日本はそこを明文化しないで来た利点と欠点を同時に持っていて、それを利点ととらえるか欠点ととらえるかは、社会の中での価値観によるところだから、それをどっちに振るのか。利点だととらえて明文化しない社会にしていくのか、ジョブディスクリプション明確にして単発の仕事に区切った社会にしていくのか、はちょっと考えていかなければいけないなと思うところではございます。

メモ(後で消す)

・12:30~ 5/18放送「日本文化」の「空気を受け継ぐ未規定性の美学」に通じる視点が語られている。
・個展「落合陽一、山紫水明∽事事無碍∽計算機自然」のインタビューにて、東洋思想の内包、意識していないのに「日本的」になってしまうメディアアートについて語っている。アートの表現とテクノロジーのベースが日本文化(茶・禅・民藝・空気)への視点で繋がっている。ここらへんが重要で難解

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