コロナ禍の「半歩先」を未来予想『落合陽一、オードリー・タンに会う』(50分) 対談ダイジェスト

『ズームバック×オチアイ 特別編』のまとめ。日本のNHKスタジオにいる落合陽一氏からの質問(日本語)に、台湾の執務室のオードリー・タン氏が英語で回答(放送時は日本語の字幕。長い回答の際には日本語吹き替え)する形で同時通訳で3時間にわたって対談が行われた。話題は大きく分けて、ファッション(ココ・シャネル)、経済(ケインズ)、政治(新しい民主主義)。

再放送・見逃し配信視聴方法

2020/10/03(土)22:00~22:50放送。テレビで3度再放送された(10/11(日)14:30~15:20、11/14(土)23:00~23:50、11/18(水)18:00~18:50)。ウェブでの見逃し配信で視聴できる。

公式情報

  • 2020/10/02 落合陽一公式note 2020年10月2日(金)3日(土)・2夜連続NHK Eテレの番組に落合陽一が出演します.お見逃しなく #日々短文雑記
  • 2020/09/25 落合陽一公式note ズームバック×オチアイ特別編「落合陽一、オードリータンに会う」 / #日々短文雑記
    “3時間話して人と文化のレジリエンス,祝祭性,プラットフォーム,オープンソースやコミュニティ,そういった議論が盛り上がった.デジタルトランスフォーメーションとか分断とか,表層で議論されているところよりも深いところに潜っていくような感覚.”
  • 2020/09/25 テレビマンユニオン 制作番組 ※演出 阿部修英氏による番組紹介
    “こちらの準備など入口のみでグイと駆け抜けて、そのままトンネルを広げながらまだ見ぬ高み、まだ見ぬ明るさを目指し、突き抜けていく2人の対談。…(中略)…そこから49分に編集されたエスプレッソな今回は、2020年のいま、みなさんに届けたい「希望」と「実践」のヒントに満ちた作品に。”

放送内容ダイジェスト(敬称略)

NHKスタジオにいつもより気合十分で向かう落合(00:00~)

落合 オードリー・タンのことは2015年頃友達から聞いた。デジタルかつ民主主義をやっていてトランスジェンダー。どんな気持ちでダイバーシティインクルージョン(多様性の認め合い)、違ったコミュニティと違ったコミュニティの意見をぶつけているのかに興味がある。

ーオードリー・タンのプロフィール紹介映像。台湾のIT担当閣僚。トランスジェンダー、8歳~プログラミングを独学、15歳「Fusion Search捜尋快手」1か月で1万ユーザー→電脳神童、19歳で渡米し人工知能siriの開発、35歳 IT担当閣僚に。新型コロナ流行初期の2020年2月、台湾中のマスクの在庫データを可視化できるアプリを開発し台湾の感染を限定的な物に収めた。世界が注目し取材が殺到している。ー

落合 もっと興味があることを聞けばいいのに。空気を読んだ質問は意味はない。編集長としては何回彼女が笑うかが肝。enjoyableなものを楽しもうかな。

ー着席する両者。手を振って挨拶を交わすー

落合 こんにちは。聴こえてますか?
唐鳳 コンニチハ。Yes, I can hear you. (字幕:はい、聞こえてます)

ー2分ほどこれから始まる対談のダイジェスト動画が流れる。以降、画面が3~4分割され、対談する二人と字幕、資料映像やデータ・用語解説などがテンポよく映し出されて対談が進んで行くー

オードリー・タンの人柄を知るための一問一答(00:05~)

ースタッフからの質問に回答するオードリー。メモを取りつつ耳を傾ける落合ー

質問 好きな食べ物は?
唐鳳 炭水化物とたんぱく質と脂質

質問 犬派?猫派?
唐鳳 私は「人間派」ですね

質問 寝る前に必ずすることは?
唐鳳 目を閉じます

質問 小さいころ何になりたかった?
唐鳳 人間の大人です

質問 今年1年を表す「一文字」は?
唐鳳(紙に描いた円を見せながら)中国語でもアラビア語でも他の国の文化でも同じように書くこの文字。もし1なら漢字なら横の棒「一」、他の文化なら縦の棒「1」になる。ゼロは回転しても同じ、地球の皆が同じ原点を共有したということで「0」を選んだ。
落合 (対談前に予め撮影した落合の回答が流れる)英語で言うとborder。境界の「境」。
唐鳳 「境」は0と1の間にある文字。そこから月のように満ちていく可能性もあれば欠けていく可能性もある。
落合 面白い。バイナリ―(2進法。全情報を0と1で表すデジタルのデータ形式)では0と1の間は境だ。今年象徴的だったのがトランプ氏のtweet(「だから我々には国境が必要だ」とアメリカ感染拡大前の3/23に発信)。2020年ほどborderについて考えたことはないのでこれを選んだ。

唐鳳 今まさに「境」がどうなるかが問われている。今は自分と他の人の間にマスクで境界線を作らないといけない。手から体内にウィルスを吸収しないために、自分の顔と汚れた手の間にも境界線を引かなくてはならない。でもここで手を洗えばボーダー(マスク)を取り外すこともできる、これもテクノロジーだ。未来はどうなるか、テクノロジーで何ができるか。すべては「人」次第。

コロナ禍で変化したファッションと、偉人ココ・シャネル(00:09~)

ー一問一答終了。ここから多岐の分野にわたり「私たちの未来」について、日本と台湾、知の最前線を走る二人による数々の未来予想が対談される。まずはファッションの話題に。コロナの前と後のファッションで一番変わったのは「マスク」をするようになったことだというオードリーー

落合 マスクはネクタイのようになると思う?身体の中に儀礼的に残っていくだろうか?
唐鳳 ネクタイより重要になってくるかもしれない。ネクタイとマスクは「よそいきのフォーマル」なものと言う点が似ているが、マスクの方が覆っている面積が大きいはず。第二の顔という意味でも重要。他の人のネクタイをしげしげと見ることはないが、マスクは逆。(#ColorHasNoGenderムーブメント に触れて)コロナ禍で学んだのは、変化をいとわない人間こそ強い。固定観念にとらわれていては危険な目に遭う。ヨーイチが初めに言ったように、「見せるためだけ、固定観念を守るだけ」の服の時代は終わった。居心地の悪い「危機」の時代だからこそ、本当の居心地の良さを求めて「変化」が起きるのでしょうね。

ー危機の時代に変化を巻き起こしてきた偉人たち。その事例としてデザイナー「ココ・シャネル」が20世紀初頭フランスで起こした変化を紹介。派手な帽子にキツいコルセットが一般的だった中、動きやすいパンツルックやシンプルな帽子を提案。相次ぐ危機(第一次世界大戦、スペイン風邪)による労働者不足を補うため社会進出した女性達のために動きやすい服をデザイン。だが、本当の狙いはもっと先にあった。主に男性が用いていた黒を導入、上流階級の香水を量産するなど、男尊女卑が激しかった時代に危機を足掛かりに女性を様々な呪縛から解放しようとした。ー

唐鳳 危機はあらゆる面で民主化を促す。シャネルは「慎ましさこそ真のエレガンス」だと言っている。今回のコロナ禍でも人々の虚栄心が減った。インスタグラムに派手な写真を上げるのは止めて誰もが謙虚になった。コロナ禍の後、謙虚な中に自分だけのエレガンスを求めていけるかが大事。

落合 人に見せるためのブランド品をわざわざ持ってパーティに行くか?そうじゃない時代が近づいている。「自律共生的な」=コンヴィヴィアリティ(哲学者・イヴァン・イリイチが説いた「共に生きる価値観」)がひとつのキーワードになるだろう。

虚栄に戻らず人々は「共に生きて」いけるか? (00:15~)

落合 さっきオードリーの言った「清貧(モディスティ)」。人も文化も虚栄心も、レジリエンス(弾力性:衝突や危機から回復する力)を持っている。今、清貧な状態に置かれたとしても人は虚栄を目指すかもしれない。導入された文化がどう維持されるまたはもとに戻っていくだろうか?

唐鳳 コンヴィヴィアリティは日本の侘び寂びにも通じる。余所から価値を輸入したり奪ってきたりするのではなく、今目の前にある環境を活かして共に生きて行こうという考え。人類は歴史上はじめて世界中が等しく同じ悩みを持つことになった。同じ環境・同じ文化を生きていると言える。時差・物理的距離の壁もインターネットが越えた。ひとつの新しい文化だ。人類は歴史上初めて、先進国と途上国という枠組みを超えて地球規模のコンヴィヴィアリティ(共生)を手にした以上、前に戻る必要はない。ワクチン完成後も地球規模で物事を考えていくべき。
落合 時空間を越えると、「大きな文化」「新しい文化」になる。皆で語り合うことができたら一番楽しい喜びだ。

コロナ禍の経済の行方と、偉人ケインズ(00:17~)

ー分断が懸念される今だからこそ、新たな繋がりを大切にしたい。二人の話題は、経済へと移る。2020年度の各国のJDP予想のデータ紹介。台湾は-0.73%と影響を最小限に抑えたのに対し、アメリカは-32.9%、日本も戦後最悪の-27.8%と経済不安が募る。だが二人は今の時代はGDPだけを気にすべきではないと言うー

落合 持続可能性は生産性指標では評価できない。例えば、自給自足で畑を耕しながら寺社仏閣を磨いて暮らしているとする。社会に接続されておらず通貨がやり取りされなければ、そこで行われる経済活動は0かもしれない。だが、その寺社仏閣が持続可能に保たれていれば、100年後その寺社仏閣を見た人からすれば、計り知れない価値に変換されるかもしれない。

唐鳳 同意見。(四半期のGDPのデータについて)確かに台湾は短期的には抑え込めたが、危機はもっと続く。短期の数字に一喜一憂せず、何がこの先長期的な価値となるかを考えなくてはならない。

ー危機にも耐えうる長期的な価値を求め、そのビジョンを示す。今から90年前、イギリスの経済学者J.M.ケインズは同じ思いを抱いた。1929年に起きた世界恐慌への悲観論に真っ向から反対した論文「孫たちの経済的可能性」(1930年発表)の紹介。今の苦しみは過去の行いのツケではなく「急速な成長の痛み」に過ぎない。このまま科学が進歩し労働効率は高まり続ければ、100年後労働の必要すらなくなる、と予想。「この100年前の予想をどう思う?」かと問われた二人はー

唐鳳 2030年までまだあと「10年」猶予が残されている。SDGs(誰一人取り残さない世界の実現のために、17の大目標と169の細かな目標が示されたもの)の達成目標年でもある。ケインズはすばらしい予言を残した。「金儲け」と「価値ある仕事」は違う。SDGsの目標の中でGDPについては1項目のみ。GDPに悩むのは169分の1の時間でいい。予言通り、お金のためだけに働く必要はなくなる。自分の心を満足させるために働く社会がやってくるだろう。今は苦しいこともあるが10年後、GDPは意味を失っているだろう。

落合 成熟した国では2030年になる前に可能かもしれない。アフリカの問題、発展途上国の問題としては根深く残っている。2030年は越えるかもしれないが、SDGsの言うように誰も取り残さずに達成されるといいなと思う。

唐鳳 コロナ禍の今、事態は明確になった。お金がいくらあっても病気にはなる。だからこそお金よりももっと大事な価値=「生きていくこと」に必要なものは等しく世界中のみんなに行き渡るようにしなければならない。あと10年、技術の発達を信じ世界が歩み寄り続ければ、人類はお金に悩む段階から「次の段階」へと歩み出せる。

ーケインズは「人類の物質的環境に空前の大変化が起きる」と謎めいた予言をした。ー

落合 90年前は「非」物質的な生産がほとんどない時代。「ゲームの産業」が先進国で増えている。「生産性のあるもの」と「生産性のないもの」という議論は無意味。物質なのか情報なのか意味がなくなってきた。

ー現代はデジタル時代。物を作って売る古くからの産業と異なり、ゲームや動画など形のない情報を提供する産業が急成長。先日、デジタルスキャンでアバターを作った(※詳細:落合陽一公式YouTube動画「デジタルヒューマンの解像度」)体験に触れる落合ー

落合 人間がデジタルに移行すると、形や大きさ、時間から離脱できる。
唐鳳 私も4年前に自分をスキャンした。現実の自分はひとつの入り口に過ぎない。デジタルスキャンはどれだけリアルでも実物のコピー、鏡に映った像に過ぎないとよく言われるが、デジタルにはもっと無限の可能性がある。スキャンするたびに自分が増える。1つの鏡に映った像だけでなく、いくつもの自分を「万華鏡」のように持てる。デジタル空間では複数の人生を歩めることができる。これはSFの世界の話ではない。1秒間に17万8000GB/1回線(ロンドン大学2020/08/19発表)の情報を1本のネット回線で流せる。これに対し、ひとりの人間が知覚できる情報の限界は1秒間に17GB/1人。1本の回線で1万人が繋がった世界をデジタル空間に作れる。

ーあつまれどうぶつの森、フォートナイト…。マトリックス(1999年)の世界が現実となりつつある。デジタル空間は経済の仕組みを変える可能性があると二人は言う。現実世界では何かを作るには限りある資源を使わねばならず、資源の奪い合いや大量生産による環境破壊が起きる。だが、デジタルの世界は無限。動画やゲームなどデジタルの情報は資源を消費せず無限にコピー可能。今後デジタルの世界だけで完結するようになれば、奪ったり破壊したりすることのない経済を築ける

落合 経済可能性から考えると、(資源を消費した)物質的生産が起こらなくても互いにコミュニケーションが取れる。限られた資源を奪い合ってコストを決定する経済とは別な論理で生産活動を考えることができる。デジタル化することによる時間の永続性や、コピーの限界費用(もう1つ作る費用)の低さを考えると、いま(物理的に)現存する空間と時間より「重い」意味がデータ化した後の時間や空間にある。デジタルすごい重要。
唐鳳 これまでの経済では必ず物的資源・人的資源の搾取が行われる。デジタルの世界なら他の誰かを凹ませる必要がない。デジタルの世界は無限。皆が同じスタートラインに立てる。

雑談タイム(00:32~)

ー落合からオードリーへざっくばらんに質問ー

落合 マジック:ザ・ギャザリングで好きな色は?僕は青と黒。
唐鳳 絶対に、青。 
※世界初のトレーディングカードゲーム。カードの色でプレースタイルが変わる。落合は元世界トップ20、オードリーは17歳で台湾チャンピオンと二人ともすごい経歴。落合によると青は駆け引きの色、黒は捨て身の攻撃の色。

落合 好きな音楽は?
唐鳳 今日はヒップホップミュージカルの「ハミルトン」の曲を聴いていた。

落合 一日にお茶を何杯飲む?
唐鳳 3~4杯ぐらい。時々2つの茶葉を特別にブレンドする。覚えておきたい何かがあって新しい「時間のしおり」が欲しいと思った時。

新しい民主主義、クアドラティックボーティング(00:34~)

ーコロナ禍の日本では、営業自粛や学校の休校要請を巡り、統制か自由かで様々な意見が対立した。地方が独自の対策に乗り出すなど政治に大きな注目が集まった。世界では不公平不自由な状況を打破すべく民衆の運動が繰り広げられている。未曾有の事態の中であり方が問われる民主主義。その未来を考える大きなヒントが、台湾で実際に行われた斬新な投票方法「クアドラティックボーティング」にある。オードリーによるやり方の解説ー

唐鳳 台湾では投票は「楽しい」もの「ワクワクする」もの。なぜなら台湾は民主化に非常に苦労したから。(1980年代半ばまで)長く戒厳令下にあり、民主主義を手に入れる戦いを長く続けてきた。投票=祝祭。票の数が未来に繋がっているという実感が他より強い。

ー元々投票率が高い台湾。一方、日本は昨年の参議院選の投票率は50%を下回った。日本と台湾の違いについて、対談前の落合は「社会制度は自分たちで獲得した経験がないと感覚的に体感できない」と言っていた。-

落合 日本は台湾でいう祝祭性が失われた状態。日本が祝祭性を回復するには?もしくは台湾が将来祝祭を失った場合、どう再着火すればいいか?
唐鳳 投票のレベルを変え投票の「回数」を増やす。投票の項目を細分化し、数秒でも時間があれば投票できるようにするのが鍵。民主主義の「回線速度」を上げることが大事。4年に1度の選挙で済ませるのは旧式のコンピュータを使い続けるようなもの。アクセスの回数を増やせば増やすほどフィードバックもアップデートも多くなる。それが「新しい民主主義」のあり方。

落合 台湾約2300万人、日本約1億2600万人と人口規模が違う。日本のような人口規模の多い国で「新しい民主主義」は可能か?
唐鳳 物理的にひとりひとりの意見を聞いて回るなら、古代民主主義が行われたギリシャの都市国家の規模が限界だろう。でもデジタルは違う。デジタルのネットワークはスケールフリー(1つの情報を無限に拡大・共有できること)だ。皆にとって価値があると判断された情報は、すぐに世界中に拡散される(東京都のコロナ対策サイトにプログラマーとして参加した事例を紹介)。ネットワークの中で民主主義的に導入されたアイデアは「スケールフリー」。どれだけ規模の大きな人口に対しても広がり続ける。このような新しい民主主義のやり方を広める上でも日本と台湾の距離は近い。物理的な距離の近さではなく、テクノロジーのレベルが同じくらい高いこと。進んだテクノロジーがあれば進んだ理想を叶えることができる。民主主義は完成された「化石」ではなく、「人の生活を便利にする生きたテクノロジー」。
落合 どうやって生きた民主主義を進化させていくか。そのカギになるのが「多様性」。民主主義の中でどう多様性・多元性を確保していくか。日本のいいところ・悪いところがある。多様な文化圏であれば「ほどほど」な価値が割とある。つまり、お互いが理解しえないことに関して「ここまでは理解しよう」という相互理解のラインがある。単一民族が多い日本は、完璧に理解することに力を割いてしまう。カンペキを求めてしまう。8割できていればいいのに、残り2割を上げるために8割の時間を使ってしまう。そのおかげで、例えば子どもがいじめられる理由は皆が同じ規律を求めるからだったりする。ある程度「ほどほど」で成り立つようになると人の働き方や生き方が多様になる。テクノロジー的に前進した民主主義から生まれてくる(未来への)遺産(レガシー)は(これからの)人の多様性や時間の使い方に直接跳ね返ってくる。“ほどほど”のコンセンサス(合意)で多様でいられる社会へ

―地球規模のコンヴィヴィアリティ。無限な可能性を持つデジタルな経済。そしてテクノロジーとしての民主主義。驚くほど明るい未来が説かれた今回。最後に聞きたいことは?ー

落合 「変わらないものって何だろう?」って僕はよく考えるんですよ。自然の形も変われば人の形も変わるけれど、その中で人の最もチャーミングなところはタンさんにとってどこですか?
唐鳳 人は賢人(サピエンス)ですから、知恵ですね。

ーエンディング。「めっちゃたのしかったっす」とスタジオを去る落合ー

関連情報

※10/19(月)のラジオでは、対談した際の印象について語っている。

※長い対話の最後は「単一民族の多い日本で生きた民主主義を進化させるカギは多様性であり、それには”ほどほど”のコンセンサス(合意)という視点が必要だ」と締めくくられる。この「ほどほど」は、デジタルトランスフォーメーションへ期待し過ぎないこととして、講演や対談番組にも出てくるキーワード。

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