自分自身の動画メディアで伝えたいこと(10分)/放送内容書き起こし

<落合陽一録 第1回> “なぜ記録をつけるのか,なぜ自分のメディアで発信するのか, 何を伝えていきたいのか,そして何をしていきたいのか, そういったことを落合陽一が素のまま語る第一回です. 考えていることを生の言葉で伝えたいと思い始めました.”(公式YouTubeコメント)

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“長らく講演やら番組やら文脈の違う切り取り動画の違法アップロード等に悩まされてきましたが,公式の発信はこのチャンネルで行っていきたいと思います.ここ以外に上がってる動画の大半は違法アップロードです.(落合はそもそも動画のサムネに太字の見出しとか書くの大嫌いですしサムネで区別つくと思います) 第一回はチャンネルの趣旨説明からチャンネルへの思いを語ってみました.撮影はstay home期間に落合陽一が自分で電動スライダーなどで撮っています.他は過去の作品のアーカイブなどから.編集や制作スタッフの皆様に感謝を.”(公式YouTubeコメント)

関連資料

2020/05/22 落合陽一公式note YouTubeチャンネル「落合陽一録」始めました
“長年悩まされてきた切り取りアップロードされ地獄と戦って,もう自分から発信するしかないんじゃないかと思った次第です.”

放送内容書き起こし

0:30 チャンネルを始めようと思ったきっかけ

落合陽一です。メディアアーティストをしています。動画をご覧の皆様、このたび動画チャンネルを作ることになりました。どんな思いで動画を撮ろうと思ったのか、どんな思いでチャンネルを立ち上げようと思ったのかを今日は話していければなと思います。

「落合陽一はメディアアーティストをしてる」って普段よく言うんですけれども、僕がメディアアーティストとして何を目指しているのかと言うと。「物化する計算機自然と対峙し、映像と質量の間にある憧憬や情念を反芻する」みたいなことをよく言っています。言葉としてよく使うのが「デジタルネイチャー」。

「物化する計算機自然って何?」とか、「デジタルネイチャー目指してるって、一体どういう意味なの?」みたいなことをよく聞かれるんだけど…。そのたびに言葉・文章ではよく書いたりとか説明したりは毎回してはいるものの、「それがあんまり伝え切ってないな」っていうこともあったりとか。あと「自分で見ているものをちゃんと伝えたいな」って思うこともあったり。自分で伝えているようなことを自分で見直した時に「じゃあそれがどういう意味を持っているんだろう」ということをもうちょっとしっかり考えてみたいなと思って。で、その過程で動画で考えてみるというのも面白いのかなと思って、やることにしました。

2:00 タイトルを「落合陽一録」にした理由

このチャンネルのタイトルは「落合陽一録」にしようと思っています。「記録」の「録」ですね。なんで「落合陽一録」ってしたかっていうと、ほんと記録がないんですよね。この記録をどうやって作っていって、あと自分も「自分の事を第三者視点的に見たいな」って思うところがあって。で「そうするにはどうしたらいいかな」って考えている。

2:40 シーズン1のタイトル「未知への追憶」の意味

で、忘れっぽい自分の中でやっぱり、自分の行動の中に「未知」を発見していきたい。で、シーズン1のタイトルは「未知への追憶」っていうテーマにしたいと思っている。「追憶する中で未知なものと出会いたい」というのがすごくあって、それを考えたいなって思ってるんですね。簡単に言えば、一生続くドキュメンタリー、ライフロングのドキュメンタリーを作ってみたいなと思ってて。
色んなプロジェクトに関わったりとか、色んなことをしている中で、多分その「自分が見ている視点」を何らかしら共有したいんだけど。何らかしら共有するにもコンテクストが必要で、そのコンテクストをわかってる人たちがちょっとぐらいいれば、なんかいいな、と。

未知を発見して、未知を追憶して、自分に新しい刺激があって。それが発信以上に自分にとって価値があるということは、すごくわかるんですよ。たぶん、それは新しいきっかけになるし、逆に記憶がないから…なんだろうな……新しいことを思いつかなくなることもたまにあって。そういう時はよく自分を見返すんだけど、自分見返してもそれで思ってることが復活してこないこともあって。それをどうやって思い出すかといったら、やっぱりもっと自分が触れられる情報量を増やしていかないといけないなって思っているんですよね。で、まあその中でこのバラバラなものを見てても見えないから、その中でコアなものを探していきたくて。で、コアなものの中にきっとメディアアートとか、まあメディアアートっていうか、メディアと向かい合うアーティストの落合陽一みたいなのがあって。マテリアルなのか、物質なのか、あとはそれの解像度なのか、もしくはそこに籠っているなんらか他の感覚なのか。ひたすら対峙しながら向かい合っている自分というのがいて。

ほとんどのことは忘れてるんですよね。ただ、その瞬間と同じ記憶だったりとか、「同じ考えの線」みたいなのがピンと繋がった時に「ああ、あんなことあったなあ」って。忘れてるけど思い出すこと――それは、自分で動画で見てるとすごくそれが毎回起こるんですよ。それって、記憶を追憶していることなんだけど、十分僕の中でまだ未知なる体験だと思うところがあって。それをもっと見てみたいなって思うんですよ。

まだ見たことのない自分とか、まだ聞いたことのないものっていうのを、自分の中から掘り出してみたいし、あと周りの人から聞いたところの中にも探してみたいし。そうやって得られるものって、何らかしら多分誰かに気づきを与えることができるかなって思っている。それにお付き合いいただける人がいたら、それはそれですげー嬉しいなって思うし。そういう人には…何だろうな…。少しこのメッセージが伝わってるといいなって思って。

5:36 素の自分で発信したい

まあ、「自分のコアだったものを、自分で言うことぐらいは大切なのかな」ってちょっと思ってて。で、やっぱりあの、自由にやれるメディアがあればいいけれど、テレビはテレビで尺が決まっていたりとか、自由に出しきれないものもあって。インターネットのメディアはインターネットのメディアでお客さんとの関係とかページビューとかも大切なんで。そうなってくると自分の主たる興味をちゃんとやれるかというと、そうでもないっちゃないよね、と。そうなった時、自分がやっていること、自分が見てるものっていうのは、ちゃんと記録して、ちゃんと自分が振り返れるような満足いく形にして、それでそれを残しておくみたいなこととか、そこから新しく発見していくこととか、あとは自分が楽しんでいる様子とかも見てみたいよねと思ってて。それをね、考えたいなと思って、このようなチャンネルを始めてみたいなと思ったわけです。

素の自分で発信していきたいところはあって。で、それをちゃんと見てほしいな。もしくは、自分でもその素の自分としている情報の方を多くしたいなと思ってて。自分がどんな風なことを考えているのかっていう映像はなんか結構好き。だから、自分のドキュメンタリーを自分で見るの好き。なぜかっていったら、僕の頭にはその自分が自分でいないから

台本が決まってて、言うこと決まってて何を言わないといけなくて、何を伝えないといけないかっていって考えられたものより、筋書きがない分だけ、より恋しい。そこから出てくるものって、より深いと思うんだけど。そこで向かい合ってる対象って、やっぱり自分が持ってる――まあほとんど何も俺は覚えてないから、記憶なんて大して無いんだと思うんだけど――でもどういう経験で生きてきたかとか。どういったことを考えてきたかとか。あとそういった蓄積から出るわずかな反応だったりとか。そこにある人間性だったりとか。そこにある、ある種「情念」みたいなものだったりとか。そういったもののすべてが積み重ねて出た偶然の一瞬を捉えている。その偶然の一瞬を積み重ねることでできる表現って何かな、って思ってんだよね。できるだけ生の言葉で、できるだけ考えたことないことを、そしてできるだけ考えている瞬間を大切に。予想外なことが出てくるかもしれないし。

で、そこから出てくるこの試行錯誤っていうのは、なんらか価値があるんじゃないかって思ってて。それが価値があるかどうかはやっぱり自分の中で…何だろうな…まあ信じることしかできなくて。信じて出てきた価値って、やっぱり信じたいって思うよね。

8:27 僕が忘れている価値を共有して、一緒に見ていきたい

まあ、バラバラしている活動をしているように見えて、僕は常に一貫して、ここは面白いとか、こんなことが好きだっていうところがずっとあって。で、僕はそれを前面に押し出しているつもりなんだけど。でもそれが例えば、カテゴリーや分野や肩書きが邪魔をしてくるんだったら、僕はひとりの人間としてメディアと向かい合っていきたいし、もしくはそれをライフロングのドキュメンタリーとして、人生が続くドキュメンタリーとして見ていきたいし。その中で僕が忘れているような価値だったりとか、忘れっぽい自分が失ってしまうような記憶だったりとか、追憶だったりするものを「できればね、何回か味わってみたいな、生きてる間ぐらいは」と、思っているところなんですよね。なので、もしこんな物の見方を一緒に共有できる人たちがいたら、一緒に見ていきたいなと思っています。

チャンネルのタイトルは「落合陽一録」。そして第1シーズンは「未知への追憶」。なので、記憶を見返したり、新しい未知を発見したり、朝起きてから夜寝るまでたくさんの人と話すし、逆に色んな体験するし。でもそういった中、ほとんど忘れてしまう。もうほぼ記録に残らない。だけど、それをちょっとは見返してみたい気持ちもあって。それをね、共有したいなと思ってます。ぜひ皆さんチャンネルのことこれからも見ていってください。