6/1に設立された「デジタルネイチャー研究開発センター」/放送内容要約

<JFNラジオ「FUTURES 落合陽一RADIO PIXIE DUST」> 今回は、デジタルネイチャー研究開発センターの設立についてお話しします。

放送内容

今回は久々に宅録でお送りします。コロナ以後は自転車移動しているが、今は梅雨なので。

設立の経緯は?――デュアル所属になったが内情はあまり変わらず

先月6/1にデジタルネイチャー研究開発センターが設立され、センター長に就任した。組織図としては「筑波大学図書館情報メディア系 准教授」と「デジタルネイチャー研究開発センター センター長」のデュアル所属になった。副学長につくらない?って言われた。センター長は教授しかなれない学則。学則を書き換えて、准教授でもなれるようになった。研究室=センターではあるが、内情はあまり変わっていない。

デジタルネイチャーをわかりやすく言うと?――計算機の中の自然と計算機の外の自然がフィードバックループを起こして形成された「新しい自然」

デジタルネイチャーの概念を約6年前から提唱してきた。2点の理由でようやく伝わり出したと感じる。
(1)コロナによって、皆が身体性とデジタルを考えるようになった。
(2)日本科学未来館の常設展によって、考える人が増えた。

アンビエントコンピューティング(=ユビキタス)とデジタルネイチャー(=新しい自然)の違いが伝わるようになった。計算機の中にも自然があり、計算機の外にも自然がある。フィードバックループを起こして新しい自然になる。今の自然とはちょっと違った自然環境を形成しつつある。

コンピューターでシミュレーションされたもの、作られたものが外に出てくる。もしくは、この世界にあるものがコンピューターにトラッキングされる。もしくは、この世界にあるものがコンピューターシミュレーションになってコンピューターの中に再現される。そのすべてが繋がり出しているのが現在。計算機の中のデータと計算機の外のオブジェクトが行ったり来たりを繰り返した末に違った自然環境に世界を変えつつある。例えば、山登りにGPSを使う、スマホのマップを使って知らない飲食店に行く。我々は携帯電話発明以降に新しい自然と向き合いながら生きている。自然として向き合う対象の中に、「計算機を通じた世界」を見ていたり「計算機を介した世界」を見ていたりもする。そうなった時、デジタルと自然が不可分になる。

そもそも、自然の中にもデジタルは多数存在する。例えば、DNAは4進法のデジタルだ、離散化された世界。神経信号の電圧はアナログだが、興奮の度合いはデジタルだ。離散化した情報を機械で解釈できるようになり、生物がやってることをデジタルデータに変換できるようになった。そうして自然の中に含まれていたデジタルも含めて、どういった形のデジタルを生んでいくのか?こうして新しいネイチャーが見えてくる。

なぜデジタルネイチャーという造語に決定した?――同語反復的でミスリードしやすいが

新しいネイチャー=ニューネイチャーだが、ニューはいつまでも使えない。デジタルが混じったから「デジタルネイチャー」。

「デジタルネイチャー」という言葉は同語反復的。デジタルの中にネイチャーがあるし、ネイチャーの中にデジタルがある。ミスリードしやすい言葉だと思う。「デジタル」と「ネイチャー」ではなく「デジタルネイチャー」で一語。僕は、ミスリードしやすい言葉をよく使う。新しい言葉を定義すると、すべてが新しい単語になってしまい、聞いていて全然分からなくなる。全部違う単語にしても仕方がないなと。意味(2)が取れる単語を使っている。

デジタルと自然、自然と計算機をずっと追いかけながら、映像、物質、質量、新しい自然、自然の中にあるものをどうやってデジタルで切り取るのか、それは量子化されているのか風景なのか、そういった一周する自然のことをずっと見ている。

研究開発センターでは何を研究開発するの?――広範囲をカバーする

「コンピュータによって作られる、異なるデジタルネイチャーの着地って何だろう?」と学生によく言っている。つまり、今までの常識、今までの自然、今までの社会構造の中の自然では存在しえなかった新しい構造や自然物やシステムや美学を満たすには、この自然って何なんだということをしっかり考えた上で、インターフェイス、基礎技術、アプリケーション、どれをつくるのかを場所。具体的には、カメラ、ディスプレイ、スピーカー、マイク、アルゴリズム、物性を調べる、ダンスやスポーツはどう変わるか?どうやって社会に受け入れられるか?などを考えて作る場所。

デジタルネイチャーの世界では、他人と性質が違うことは当然だ。障害を問題に感じない世界だ。もしデジタルの中のキャラクターがもし目が見えない、体が動かない等の状態なら、他に代替手段があるだろう。しかも代替手段を使うのは、それ以外の人と話す時だけ。マイノリティに全員が合わせる、マイノリティを引き上げる、という話ではない。受け取るインターフェイスの側は自由でいてよくて、その自然にとってはどういう自由度でいられるかっていうのは、デジタルネイチャーでいる自由度が高いと思う。そういう領域で文化、芸術の姿形を考えていこうという場所。文化、芸術、スポーツ…カバーする領域は広い。「デジタルネイチャーっぽさとは何かを考えよう」といつもと言っている。そこに価値がある。

センターでやっていきたいことは?――今までやらなかったごちゃ混ぜの、見たことのない着地をさせたい

センターのミッションは、お金を取ってくる、論文の量を出す……など。いつも通り研究してればいればいけると思う。人数は、約50人。

デジタルヒューマン、デジタルエンバイロメントをもっと考えないといけない。これまでは「要素技術にこだわる」のと「アプリケーションを広げる」両方をやってきたが、カルチャーミックスして「ここしかこんなことをやらない」をやりたい。
今までは、「オレっぽいやつ」と「ラボの学生がやりたい飛んだアイディア」を着地させてきた。これをもっとかきまぜた研究にしたい。今までやらなかった、見たことのない着地をさせたい。ごちゃまぜの着地感をしたい。おもしろいものがいっぱい出てくると思う。

コロナの影響はどう?――ディスカッションも開発スタイルもオープンに

研究は、コロナという状況が前提だ。全ての人がデジタルヒューマンを持っている。変換した身体でコミュニケーションを取っている。例えば、こういったラジオの音声も何らかの解像度がある形に音声を変換して、その変換した音声を使ってコミュニケーションを取ったりとか、変換した身体を使ってコミュニケーションを取ったりとかしている。デジタルをやらない日はほぼない。人と会うすべてのインターフェイスがデジタルになってしまっている。みんながデジタルネイチャーの中にいる。

だからこそ、特殊な着地や何週もした末に出てくる新しいデジタルネイチャーの形をこれから考えていくべきだと思っている。今までは僕と学生がやりたいことを研究していたが、誰も思いつかない・やらないテーマをやっていく、ぶっ飛び方をやっていく。「誰にもできない」をしよう。研究になりそうだからやっていこう、ではなく「この人しかやらない」をやる。それが気持ちいい。アイディアや実装の流動を追求していきたい。

コロナ下のデジタルネイチャーを考えていくのが大事だ。みんなが接続された新しいデジタルネイチャーの形とは?もっとオープンディスカッションしたい。開発スタイルもオープンにしていきたい。例えばクロスダイバーシティでは、字幕を皆でtwitter上で開発していった。論文や学界だけじゃない発表の仕方を工夫していく。それを意図的にやっていく。

関連資料

落合陽一さんセレクトOA曲

Icona Pop「We Got The World」

Marshmello「Rescue Me ft. A Day To Remember」

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